<図書>
ヨナオシ キョウヨウロン
世直し教養論 / 原宏之著
(ちくま新書 ; 848)
データ種別 | 図書 |
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出版者 | 東京 : 筑摩書房 |
出版年 | 2010.6 |
所蔵情報を非表示
巻 次 | 予約 | 刷 年 | 配架場所 | 請求記号 | 資料番号 | 状 態 | コメント | 仮想書架 |
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東京あだち図書館(3F一般書架)新書 | CHS||848 | 2211076845 |
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書誌詳細を非表示
出版年 | 2010.6 |
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大きさ | 286p ; 18cm |
本文言語 | 日本語 |
著者標目 | 原, 宏之(1969-) <ハラ, ヒロユキ> |
分 類 | NDC8:002 NDC9:002 |
件 名 | BSH:学問 BSH:教養教育(大学) |
ISBN | 9784480065520 |
NCID | BB02273763 |
書誌ID | B000758064 |
目次/あらすじ
日外アソシエーツ『BOOKPLUS』より
[あらすじ]
日本人は、今、あらゆることに疲れている。閉塞感が漂い始めてから、かれこれ二十年を閲したが、われわれは生き方の輪郭をつかめないまま、社会とともに磨りへっていくほかないのだろうか。生を支える“教養”の形を描き直すことはできないのか。本書は、経験と思想のつながりに立ちながら、文化、政治、教育、身体を結ぶ教養像を求めたひとつの試論である。個人の成長(徳の涵養)と社会の再建(デモクラシーの復興)を接続する可能性へ、もう一度。
[目次]
第1章 近代の成れの果て
第2章 日本近代の教養主義
第3章 近代という問題、デモクラシーの苦悩
第4章 大学の崩壊―啓蒙の放棄、永続する幼年期
第5章 身心の教養を取り戻す
第6章 社会で生きること
補章 日本流ポストモダン・リベラルの危うさ―近代主義・反近代者からの手紙
[あらすじ]
日本人は、今、あらゆることに疲れている。閉塞感が漂い始めてから、かれこれ二十年を閲したが、われわれは生き方の輪郭をつかめないまま、社会とともに磨りへっていくほかないのだろうか。生を支える“教養”の形を描き直すことはできないのか。本書は、経験と思想のつながりに立ちながら、文化、政治、教育、身体を結ぶ教養像を求めたひとつの試論である。個人の成長(徳の涵養)と社会の再建(デモクラシーの復興)を接続する可能性へ、もう一度。
[目次]
第1章 近代の成れの果て
第2章 日本近代の教養主義
第3章 近代という問題、デモクラシーの苦悩
第4章 大学の崩壊―啓蒙の放棄、永続する幼年期
第5章 身心の教養を取り戻す
第6章 社会で生きること
補章 日本流ポストモダン・リベラルの危うさ―近代主義・反近代者からの手紙
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