<図書>
メ ニ ミエル モノ ノ ショメイ : ジェイムソン エイガロン
目に見えるものの署名 : ジェイムソン映画論 / フレドリック・ジェイムソン [著] ; 椎名美智, 武田ちあき, 末廣幹訳
(叢書・ウニベルシタス ; 1027)
データ種別 | 図書 |
---|---|
出版者 | 東京 : 法政大学出版局 |
出版年 | 2015.6 |
所蔵情報を非表示
巻 次 | 予約 | 刷 年 | 配架場所 | 請求記号 | 資料番号 | 状 態 | コメント | 仮想書架 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
|
|
湘南図書館(3F一般書架) | 778.04||J18 | 2111130221 |
|
書誌詳細を非表示
出版年 | 2015.6 |
---|---|
大きさ | v, 369, 38p ; 20cm |
別書名 | 原タイトル:Signatures of the visible |
一般注記 | 原著 (New York : Routledge, 1990;paperback, 1992) の全訳 |
本文言語 | 日本語 |
著者標目 | Jameson, Fredric, 1934- 椎名, 美智(1956-) <シイナ, ミチ> 武田, ちあき(1962-) <タケダ, チアキ> 末廣, 幹(1965-) <スエヒロ, ミキ> |
分 類 | NDC8:778.04 NDC9:778.04 |
件 名 | BSH:映画 |
ISBN | 9784588010279 |
NCID | BB18808815 |
書誌ID | B000789606 |
目次/あらすじ
日外アソシエーツ『BOOKPLUS』より
[あらすじ]
あらゆる映画はポルノグラフィである―「見る」という行為を通して世界が所有される今日、映画は世界を容赦なく裸体にする。そこで繰り広げられる権力と欲望をめぐる闘争は、われわれをどこに導いていくのか?ポストモダンを代表する論客が放つ「映像の存在論」をなす渾身の論考群!
[目次]
第1章 大衆文化における物象化とユートピア
第2章 現代の大衆文化にみられる階級とアレゴリー―政治映画としての『狼たちの午後』
第3章 『ディーバ』とフランス社会主義
第4章 「破壊的要素に没入せよ」―ハンス=ユルゲン・ジーバーベルクと文化革命
第5章 『シャイニング』の語りと歴史主義
第6章 アレゴリーで読むヒッチコック
第7章 映画の魔術的リアリズム
第8章 イタリアの実存
[あらすじ]
あらゆる映画はポルノグラフィである―「見る」という行為を通して世界が所有される今日、映画は世界を容赦なく裸体にする。そこで繰り広げられる権力と欲望をめぐる闘争は、われわれをどこに導いていくのか?ポストモダンを代表する論客が放つ「映像の存在論」をなす渾身の論考群!
[目次]
第1章 大衆文化における物象化とユートピア
第2章 現代の大衆文化にみられる階級とアレゴリー―政治映画としての『狼たちの午後』
第3章 『ディーバ』とフランス社会主義
第4章 「破壊的要素に没入せよ」―ハンス=ユルゲン・ジーバーベルクと文化革命
第5章 『シャイニング』の語りと歴史主義
第6章 アレゴリーで読むヒッチコック
第7章 映画の魔術的リアリズム
第8章 イタリアの実存
類似資料
この資料の利用統計
このページへのアクセス回数:3回
※2021年3月24日以降
全貸出数:0回
(1年以内の貸出:0回)
※2020年3月24日以降