<図書>
カント ノ テツガク : ワタクシ ワ ニンゲン トシテ ナン デアルカ エノ トイ
カントの哲学 : 「私は、人間として、何であるか」への問い / 岩隈敏著
(Sekaishiso seminar)
データ種別 | 図書 |
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出版者 | 京都 : 世界思想社 |
出版年 | 2009.4 |
所蔵情報を非表示
巻 次 | 予約 | 刷 年 | 配架場所 | 請求記号 | 資料番号 | 状 態 | コメント | 仮想書架 |
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越谷図書館(2F一般書架) | 134.2||I93 | 1000410586 |
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東京あだち図書館(2F一般書架) | 134.2||I93 | 2111109388 |
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書誌詳細を非表示
出版年 | 2009.4 |
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大きさ | xiii, 285p ; 19cm |
別書名 | 異なりアクセスタイトル:カントの哲学 : 私は人間として何であるかへの問い |
一般注記 | 参考文献: p269-272 |
本文言語 | 日本語 |
著者標目 | 岩隈, 敏(1946-) <イワクマ, サトシ> |
分 類 | NDC8:134.2 NDC9:134.2 |
件 名 | FREE:Kant, Immanuel, 1724-1804 |
ISBN | 9784790714095 |
NCID | BA89721028 |
書誌ID | B000424127 |
目次/あらすじ
日外アソシエーツ『BOOKPLUS』より
[あらすじ]
有限な人間の立場から、カントとともに哲学する。無限的なもの、絶体的なものを批判的に承認しながら、三批判書の複雑で難解な諸部分の構造と相互の関係をときほぐし、「私は、人間として、何であるか」を、理性の光のもとで解明する。
[目次]
第1章 私は何を知ることができるか―理論的経験の可能性(哲学の課題
デカルトとイギリス経験論―質料的観念論 ほか)
第2章 私は何をなすべきであるか―道徳的経験の可能性(探求の課題
実践的法則の必然性と普遍性 ほか)
第3章 私は何を美しいと感じるか―美感的経験の可能性(『判断力批判』の課題
快、不快の感情に関する思索の変遷 ほか)
終章 道徳神学、宗教論に向けて(善い魂と美しい魂
自然と道徳の統一 ほか)
[あらすじ]
有限な人間の立場から、カントとともに哲学する。無限的なもの、絶体的なものを批判的に承認しながら、三批判書の複雑で難解な諸部分の構造と相互の関係をときほぐし、「私は、人間として、何であるか」を、理性の光のもとで解明する。
[目次]
第1章 私は何を知ることができるか―理論的経験の可能性(哲学の課題
デカルトとイギリス経験論―質料的観念論 ほか)
第2章 私は何をなすべきであるか―道徳的経験の可能性(探求の課題
実践的法則の必然性と普遍性 ほか)
第3章 私は何を美しいと感じるか―美感的経験の可能性(『判断力批判』の課題
快、不快の感情に関する思索の変遷 ほか)
終章 道徳神学、宗教論に向けて(善い魂と美しい魂
自然と道徳の統一 ほか)
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